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仙台地方裁判所 昭和48年(ワ)117号 判決

原告

遠藤修治

ほか一名

被告

南仙台交通株式会社

主文

一  被告は、原告遠藤修治に対し金一三五万三〇七八円およびこれに対する昭和四八年三月二八日から完済に至るまで、原告遠藤たかのに対し金一二五万三〇七八円およびこれに対する同日から完済に至るまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求は、いずれもこれを棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告らの、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、一項に限り仮りに執行することができる。

事実

一  原告らは、「一、被告は原告らに対し、各自金五〇〇万円およびこれに対する昭和四八年三月二八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。二、訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決および一項につき仮執行の宣言を求め、請求原因として次のとおり述べた。

1  被告の従業員訴外佐藤隆は、昭和四五年一二月一九日午後九時五〇分ごろ、被告保有にかかる普通乗用車(5宮い三二九三号。以下被告車という。)を運転し、名取市閑上字佛文寺四六地内県道にさしかかつた際、原告らの長男訴外遠藤範彦運転にかかる軽四輪車(8宮い七四―二八号・以下原告車という。)に衝突し、その結果同人を死亡させるに至つたものである。

2  被告は、原告らの被つた後記損害につき自動車損害賠償保障法(以下自賠法という。)三条本文所定の損害賠償義務がある。

(一)  訴外亡遠藤範彦の相続人としての損害

(1)(イ) 得べかりし利益金一一二〇万九三二〇円

右亡訴外人は、本件事故当時満一八歳で、訴外東北機械販売株式会社に勤務し、毎月金四万円前後の収入を得ていたものであるが、右は労働省による昭和四五年六月現在の「賃金構造基本統計調査」のうち、「製造業、企業規模一〇人以上」全労働者の給与額一八歳~一九歳の毎月金三万五三〇〇円より多いので、右統計を用いることは控え目な計算というべきところ、右統計の分類に従い、「二〇歳~二四歳」「二五歳~二九歳」「三〇歳~三四歳」「三五歳~三九歳」「四〇歳~四九歳」「五〇歳~五九歳」「六〇歳」の期間には、右統計に示された「月間きまつて支給する現金給与額計」と「年間賞与その他の特別給与額」を得ることを期待することは充分な根拠があり、生活費を半分とみ、六五歳まで稼働できるとしてホフマン係数を乗ずると、別紙のとおりの計算となる。

(ロ) 慰藉料 金二〇〇万円

右亡訴外人の本件事故による精神的苦痛を慰藉するためには金二〇〇万円をもつて相当とすべきである。

(2) 原告らは、右亡訴外人の父母であり、同人の死亡により右得べかりし利益および慰藉料を各二分の一宛相続したので、その相続分は各金六六〇万四六六〇円となる。

(二)  原告ら固有の損害

(1) 原告遠藤修治について

積極的損害 金九七万二二五三円

同原告は、葬祭費用(初七日を含む。)として金二五万七二五三円、墓地購入費として金一五万円を支払つており、さらに墓碑建立費として金五六万五〇〇〇円を要するので、計金九七万二二五三円の損害を受けていることになる。

(2) 原告らについて

(イ) 慰藉料 各金一〇〇万円

原告らの本件事故による精神的苦痛を慰藉するためには右各金員をもつて相当とすべきである。

(ロ) 弁護士費用 各金五〇万円

原告らは、被告が本件事故に関し、自動車損害賠償責任保険金の支払いさえ拒否しているので、やむなく原告ら訴訟代理人に本訴の提起を委任し、それぞれ右代理人と各金五〇万円でその旨の委任契約を締結した。

3  以上のとおり、被告に対し、原告遠藤修治は計金九〇七万六九一三円、原告遠藤たかのは計金八一〇万四六六〇円を請求する権利を有するところ、原告らは、右各金員中各金五〇〇万円およびこれらに対する本訴状送達の日の翌日たる昭和四八年三月二八日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告は、「一、原告らの請求を棄却する。二、訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として請求原因1の事実は認める、同原因2の事実中(一)(2)の事実のうち右訴外遠藤死亡による原告らの相続分が各二分の一であることは認めるが、その余の事実はすべて否認すると述べ、抗弁として次のとおり述べた。

1  訴外佐藤隆は、被告車を運転し前記県道付近を時速三五キロメートル位で西進していたところ、反対方向から訴外遠藤範彦が酒に酔つて原告車を運転してきて突然センターラインを越えたので、これとの衝突を避けるべく急停車した際、原告車が被告車に正面衝突して本件事故が発生したものである。したがつて、本件事故は、右訴外佐藤の過失によつて発生したものではなく、右訴外遠藤の過失によつて発生したものである。

2  本件事故当時被告車には構造上の欠陥または機能の障害はなかつたものである。よつて、被告は、本件事故に関し自賠法三条但書によつて免責されているものというべきである。

三  原告らは、被告の右抗弁事実は否認すると述べた。

四  〔証拠関係略〕

理由

一  被告の責任原因

1  請求原因1の事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一、第二号証、原告遠藤修治本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第一ないし第四号証、証人佐々木龍祐、工藤隆、佐藤一郎、佐藤隆、磯田政夫の各証言および原告遠藤修治本人尋問の結果を総合すると、本件事故現場は閑上方面から増田方面に通ずる右県道(幅員は車道につき約五・八メートル、南側歩道につき約一・五メートルで、車道中央にはセンターラインがひかれていた。)とこれより閑上小学校に通ずる道路とのT字路交差点内であること、そして、右県道は、見通しの良いアスフアルトで舗装された歩車道の区別のある平坦な直線道路であるが、本件当時交通量は少なく、その付近には信号機がなく、夜間のために暗く、速度は毎時四〇キロメートルと規制され、路面は乾燥した状態になつていたこと、ところで、訴外佐藤隆は、前記日時ごろ、右県道センターライン左側部分を閑上方面から増田方面に向け毎時約四〇キロメートルの速度で被告車を運転して西進中、反対方向から右県道センターライン右側部分(被告車からみて)を東進してきた訴外亡遠藤範彦運転にかかる原告車が、いつたん右側(被告車側からみて)に寄つたのち被告車の進路である対向車線内に進入してきたので、衝突の危険を感じて急制動の措置をとつたものの及ばず、右交差点内(被告車側からみて右県道センターライン左側部分)において、やゝ左折状態(原告車側からみて)になつていた原告車の右側面前部(運転席右側付近)に被告車の右前部を衝突させたこと、その結果、同所付近において、被告車はその前部を西側、その後部を東側(ただし、その後部は前部に比し右県道センターラインの方にやや寄つていた。)に向けた状態で、原告車はその前部を北東側、その後部を南西側(ただし、その前部は若干右県道センターラインにかかつていた。)に向けた状態で各停止したこと、右停止後、被告車にはその前輪から後方(東側)に向けて約六メートルのスリツプ痕があつたけれども、原告車には判然としたスリツプ痕はなかつたことが認められ、これを左右するに足る証拠はない。

2  そこで、右事実に基づき、右訴外亡遠藤および訴外佐藤に本件事故発生に関し過失があつたか否かにつき判断する。まず、右訴外亡遠藤につきみるに、被告は、本件事故の原因は同訴外人が酒に酔つて原告車を運転し突然対向車線内に進入したことにある旨主張しているけれども、証人工藤隆の証言によると、同訴外人は本件事故前飲酒していなかつたことが認められるから、この点に関する主張は採用することができない。そして、原告車が右交差点で対向車線内に進入した理由については、その運転者たる同訴外人は死亡し、同訴外人からその旨の供述を求めることができないので、結局右認定事実に基づいて判断するほかはないけれども、右認定事実、ことに右県道を東進していた原告車が右交差点手前で右折をすれば右県道から閑上小学校に通ずる道路に進入することができたこと等を考えると、原告車が本件事故前右交差点手前で右折しようとしていた可能性も強く、これを全く否定し至ることはできないが、本件全証拠によつては未だ右事実を確定するに足らない。次に右訴外佐藤につきみるに、右事故現場に至るまでの被告車の動静については、右のとおり右訴外亡遠藤の供述を求めることができず、他に適切な目撃者もいない(なお、訴外佐々木龍祐は、右事故直後に停止した原被告車の状態を目撃したのみである。)ので、被告車の運転者たる右訴外佐藤の供述を検討する以外にない。この点に関し、右訴外人は、右県道を直進して右交差点手前にきた際、接近してきた原告車が突然対向車線側から被告車の進路直前にでてきた旨供述している。もし、右供述のとおりであれば、原告車が対向車線内に進入した理由の如何を問わず、その運転者たる右訴外亡遠藤に前方不注視の過失があつたものと推認することができる。しかしながら、前掲各証拠によると、右訴外佐藤は、原告車が対向車線内に進入するまでの原告車の動静ことに原告車を最初に発見した地点、危険を感じた地点、急停車の措置をした地点、原告車の運行態様、速度、この間における原被告車の距離関係等について確たる供述をしていないことが認められるから、右訴外人の前記供述をもつて、これに副う事実をたやすく認めることはできない。のみならず、右事実関係のもとにおいては、本件事故が同訴外人の前方注視義務違反ないしは安全運転義務違反の行為によつて発生した可能性も否定し難い反面、右行為があつたことを確定するに足る証拠も存在しない。したがつて、原告車運転の右訴外亡遠藤および被告車運転の右訴外佐藤については、いずれも本件事故発生につき具体的注意義務違反としての過失があつたものとは認定できず、また、右訴外佐藤につき右にいう過失がなかつたものと認定することもできないといわざるを得ない。そうだとすると、立証責任分配の法則に従い、被告車保有の被告は自賠法三条但書所定の右訴外佐藤の過失の不存在の立証をなし得なかつたものとして、同条本文に基づき右訴外遠藤の死亡による後記損害を賠償すべき義務を負担せざるを得ないものというべきである。よつて、被告の同条但書所定の免責の抗弁は採用することができない。

二  過失相殺

原告車運転の右訴外亡遠藤に具体的注意義務違反としての過失があつたと認定することができなかつたことは前記のとおりである。しかしながら、過失相殺における過失は、不法行為における過失とはその性質、機能、効果を異にし、被害者のもつ損害賠償請求権が公平の観念からその認容額を調整決定されるという被害者の利益に対する消極的不注意に過ぎないものと考えられるから、過失相殺の規定を適用するためには、不法行為の要件たる具体的注意義務違反としての過失がなくとも、公平の観念に照らし右認容額の調整を要する程度の不注意があれば足りるものと解すべきである。そして、本件事故は、右交差点内における被告車の直進進路上で、対向車線側から進入した原告車と被告車との衝突事故であるが、右事実によると、右訴外亡遠藤には右のような性質の不注意があつたものと推認し得るから、本件損害賠償額を算定するに当つては、右訴外亡遠藤の右不注意を斟酌するのが相当である。一方、被告車運転の右訴外佐藤にも前記のとおり具体的注意義務違反としての過失を積極的に認定することができなかつたけれども、原告車が右交差点で右折しようとして対向車線内に進入した可能性もあり、また、同訴外人の前方注視義務違反ないしは安全運転義務違反の各行為があつた可能性およびこれが本件事故に関与した可能性も否定することができなかつたものであるから、被告は、同条の趣旨に鑑み、本件で同訴外人の右行為と右事故との因果関係の不存在ないしは過失の不存在を積極的に立証し得なかつた以上、過失相殺を適用するに当つても、右行為が本件事故と因果関係があつたもの、すなわち過失があつたものとして斟酌するのが相当である。そして、本件については右訴外亡遠藤の不注意を八割とみて斟酌し、原告らは、被告に対し後記損害額のうち二割を請求し得るに止まるものと解するのが相当である。

三  損害

1  訴外亡遠藤範彦の相続人としての損害

(一)(1)  得べかりし利益の喪失による損害

前掲各証拠に弁論の全趣旨によると、右訴外亡遠藤は、本件事故当時満一八歳(昭和二六年一二月二四日生)の健康な男子で訴外東北機械販売株式会社に勤務し、毎月平均金四万円を下らない収入を得ていたことが認められる。また、年間賞与額は控え目にみても一カ月平均収入額の二カ月分程度の金額であることは当裁判所に顕著な事実である。そして、同人は、本件事故により死亡したため、右得べかりし利益を喪失したが、本件事故に遭遇しなければ向後満六五歳に達するまでの四六年間稼働し得たものと認められるから、この間における同人の得べかりし利益を原告らの自認する一カ月平均生活費(右一カ月平均収入の半額)を控除してホフマン複式計算方法により算出すると、金七五三万〇七八四円({40,000円×12月×1/2+80,000円}×23.5337=753万0784円)となる。なお、原告らは、同人の得べかりし利益を算出するに当り、別紙記載のとおり労働省作成にかかる昭和四五年六月現在の「賃金構造基本統計調査」表を援用しているけれども、本件のように、右事故当時、有職者で一定の収入を得ており、その収入を証拠によつて立証し得る場合には、右得べかりし利益の算出は、具体的に立証された現実の給与支給の実態等に基づいてなすべきであつて、右調査表に基づいてなすべきではないと解せられるので、本件では右算出に当り右調査表をそのまま斟酌することはしなかつた。

(2)  慰藉料

同訴外人は、本件事故で死亡したが、右衝突により受傷してから死亡するまでの間甚だしい精神上の苦痛を被つたものというべく、本件事故当時における同訴外人の年齢、健康状態その他諸般の事情(ただし後記過失相殺の点を除く。)を考慮すると、その慰藉料としては金二〇〇万円をもつて相当と認める。

(二)  原告遠藤修治本人尋問の結果によると、原告らは右訴外人の父母であり、同訴外人の相続人として右得べかりし利益の喪失による損害賠償請求権および慰藉料請求権を各二分の一宛の相続分(ただし、同訴外人死亡による原告らの相続分が各二分の一であることは当事者間に争いがない。)に応じてそれぞれ金四七六万五三九二円の割合で相続したことが認められる。

2  原告ら固有の損害

(一)  原告遠藤修治について

葬祭費用等

成立に争いのない甲第五号証、原告遠藤修治本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第六ないし第二二号証および同原告本人尋問の結果によると、同原告は右訴外人死亡による葬祭費用(初七日を含む。)として金二五万七二五三円、墓地購入費として金一五万円を支払つたほか、墓碑建立費として金五六万五〇〇〇円を支払うことを予定していることが認められるが、このうち本件事故と因果関係にたつ損害は金五〇万円と認めるのが相当である。

(二)  原告らについて

(1) 慰藉料

本件事故の態様、右訴外亡遠藤と原告らとの身分関係その他本件に顕われた諸般の事情(ただし後記過失相殺の点を除く。)を斟酌すると、慰藉料としてはそれぞれ金一〇〇万円をもつて相当とすべきである。

3  よつて、原告らの損害は、原告遠藤修治につき計金六二六万五三九二円、原告遠藤たかのにつき計金五七六万五三九二円となるところ、右訴外亡遠藤の前記不注意を八割斟酌すると、被告に対し請求し得る損害は、原告遠藤修治につき計金一二五万三〇七八円(円未満切捨)、原告遠藤たかのにつき計金一一五万三〇七八円(円未満切捨)となる。

4  弁護士費用

原告遠藤修治本人尋問の結果および弁論の全趣旨によると、原告らは、被告が任意の支払いに応じなかつたので、原告ら訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、それぞれ金五〇万円の報酬を支払うことを約束したことが認められるが、本件事案の性質、難易度、審理の経過、右認容額等に照らすと、原告らの被告に対して支払いを求め得る弁護士費用は原告らにつきそれぞれ金一〇万円とするのが相当である。

四  結局のところ、原告らの本訴請求中、原告遠藤修治の金一三五万三〇七八円、原告遠藤たかのの金一二五万三〇七八円および右各金員に対する本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四八年三月二八日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は理由があるのでこれを認容するが、その余の部分は失当としてこれを棄却することとし、民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文、一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松本朝光)

別紙 〈省略〉

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